9m88 インタビュ - 世界を見据える新作「9m88 Radio」明かされるコラボの可能性、女性性への思い

台湾を代表するR&Bシンガー、9m88。ジャズやヒップホップを取り入れた都会的なマンドポップサウンドが、台湾の若者を中心に大きな支持を集めている。8月24日(水)、Pヴァイン・レコードから2ndアルバム『9m88 Radio』をリリースし、日本からはDJ MISTU THE BEATSとstarRoが参加。その他にもStones Throwから作品をリリースしているシンガーソングライターのSilas Short(アメリカ)や、BTSやRed VelvetをはじめとするK-POPアイドルへの楽曲提供で知られるプロデューサーのSUMIN(韓国)など、多彩な海外ゲスト陣も魅力。

各国の異能たちを招き、双方向型の自由なコラボレーションによって生み出された楽曲群はこれまでになく大胆かつマチュアな印象を与える。本作で本格的な海外進出を目指す9m88に、その制作プロセスやデビューアルバムからの心境の変化、女性性についてなど、縦横無尽に語ってもらった。

日本で感じた台湾との違い、
日本人プロデューサーたちとの出会い

――今作は日本からstarRoとDJ MITSU THE BEATSが参加していますし、『Plastic Love』のカバーやSUMMER SONIC出演など、デビューされた頃から日本とも少なからず関わりがありますよね。日本と台湾で違いを感じたりしますか?

以前、日本でパフォーマンスすることになった時、日本人とどう接するべきかとても迷いました。そして結果的にとても礼儀正しくなった。なので、台湾人と接する時とは全く感覚が違いましたね。あと、日本ではいわゆる「アイドル」的な存在と見做されていたようにも感じます。それは日本という国が持つ雰囲気によるものだとも思いますし、私を頭から爪先まで全て変えてしまう体験で、とても興味深いものでした。

台湾では多くの人が女性芸能人に対して、「好かれる存在」であることを期待しているように思います。けど、私は性格的にそういったことはあまり気にしないので、そことは乖離を感じる。自分がやりたいように自己表現することは大切ですし、期待に完璧に応える必要もありません。とはいえ、それも友達や家族、恋人など関係性次第なところもありますが。

――DJ MITSU THE BEATSとはどのように知り合ったんですか?そして、最新アルバムに参加している海外アーティストたちとの関係についても教えてください。

DJ MISTU THE BEATSとは楽曲『九頭身日奈 Nine Head Hinano』を通じて知り合いました。この曲では彼の楽曲『Playin' Again』のインストゥルメンタルが使用されています。今回はアルバムのために10トラック用意してくれたんです。

SUMINとは共通の知り合いが何人かいたことで知り合いました。この数年、彼女の作品に注目していて、その動向を追っていたんです。彼女の音楽はとてもかっこいいし、ユニークですよね。

starRoとはClockenflap™️(香港のアートとミュージックのフェスティバル)のプロモーターを通じて知り合いました。私が彼の音楽をとても気に入っていることを知り、紹介してくれたんです。そしてインスタで友達になりました。Red Hot Organizationから2020年にリリースされている台湾音楽のコンピレーションEP『T-POP: No Fear in Love』(アジアにおけるLGBTQ+のエンパワーメントをコンセプトとする)に収録されている『If I Could 』はstarRoがリミックスしたもので、とても気に入ってたんです。そこで単刀直入に「私とコラボレーションしない?」と誘ったら、快諾してくれました。

世界5カ国のアーティストたちとの
コラボレーション、その裏舞台

――制作プロセスはどのようなものでしたか?

とても面白かったです。というのも、最初は参加するプロデューサーを全て女性にしようと思ってたんです。けど、いくつもの壁に出くわし、性別に囚われる考え方を改めました。それでも今回参加したプロデューサーたちのうち、Lora Faye(Arthur Moon)、SUMIN、そしてRainbow Chanの3名が女性プロデューサーです。

――コラボレーションする相手の選定もご自身でされているんですか?

はい、むしろ当初は全て自分でやるつもりだったんです。ただ、正直なところ私は歌手ですし、できないことも多い。だったら、自分でA&R(レコード会社における職務の1つ。アーティストの発掘や契約、育成に加え、楽曲の発掘や制作も担当する)をやるのはどうかと思ったんです。もちろん、私は音楽活動を始めた頃から自分自身のA&Rをやっているようなものだったんですけど。まずは膨大な量のリサーチから始まり、色々なアーティストの作品を聴きます。そして、気に入った人を見つけて、吟味した上で、コラボレーションに80%確信が持てたら連絡を取ります。

――コラボレーションしたプロデューサーたちの楽曲制作にどこまで深く関わっているのでしょうか?

コラボレーションする相手が決まったら、まず80%近い完成度のデモ音源を送るんです。そして、その上で彼らに付け足す要素があるかどうか聞き、各々のクリエイティビティを発揮する「余白」を残しておきます。なので、厳密には私1人で全ての方向性を決めているのではないんです。今回コラボレーションしたアーティストたちのほとんどが、コンセプトやアイディア、方向性を提示してくれました。

――海外のプロデューサーたちとコラボレーションする上で大変だったことはなんですか?

コミュニケーションですね。今回は全てオンラインでのコラボレーションでしたから。楽曲の細部について話したいことが多かったので、考えていることを全てリストに書き起こして伝えるんです。そしてそれを何度も繰り返す。もちろん、プロデューサーたちがこだわりたいアイディアや要素もあるので、それらを尊重した上で、自分の意見や提案を伝えないといけないんです。それらはデリカシーを必要とするプロセスだったと思います。時には返事が来るのに1ヶ月以上かかることもありましたし、時間的なプレッシャーも感じていました。

――歌詞についてはどんなアプローチで書かれたんですか?

私は自分自身を題材にした曲を、絶え間なく書ける人間ではありません。なので、自分の感情や体験に基づいて曲を作るのが上手なアーティストたちの音楽を聴くことにしたんです。それこそがアーティストの理想像だと思っていましたし。そして、人々に自分の音楽を気に入ってもらいたいし、感情移入もしてほしい。

その一方で、歌詞のみならず、全てのコンテンツについて、より多くの視点で吟味できたり、遊びを感じるものにしたいという気持ちも徐々に湧いてきたんです。なので、アートワークの写真も、このような私の心境の変化を表現したものになったと思います。

NYで感じたアジア人女性
へのステレオタイプ、
女性性への思い

――今作では「エクリチュール・フェミニン」(女流文学)をコンセプトとして掲げているとも聞きました。

「エクリチュール・フェミニン」に関していうと、私は自身を何か特定の肩書きに限定する必要はないと考えているんです。なぜなら、それは重荷になってしまいますし、息苦しいものだから。私は自分のことを精神的にも肉体的にも女性だと考えています。なので、何をしようとそれはフェミニンなものになるんです。

――あなたは女性であり、アジア人でもあるわけですが、ニューヨークの大学に通っていた頃に差別や偏見を感じたことはありますか?

多くの人々がアジア人女性に対してステレオタイプなイメージを抱いていることに気づきました。例えば、髪型はストレートで、自分の意見も無くて、など「アジア人女性はこうあるべき」と信じて疑わないんです。なので、私はその壁を壊したいと思った。髪にパーマをかけたのはその頃なんです。人前でのパフォーマンスを必要とするクラスを受講していたんですけど、アジア人女性はおそらく私1人だったと記憶しています。とにかく決まりきった枠に収まらないということを自分に課していました。

――台湾に戻ってきてからどんな心境の変化がありましたか?

今は「自分は自分でしかない」と感じています。以前は何が良くて、何がクールで、私の理想とする音楽は何なのか、迷いがあった。多くの台湾人が好んで聞くタイプの曲(音楽)というのもあるんですが、そういったことも今は気にしていません。それは国の文化ですし、どの国・地域にも好みの傾向はあります。そういった好みの傾向や違いをしっかりと理解すればいいんです。それだけです。そこで何か抗う必要もない。

――ジェンダーギャップやアジア人に対する偏見・差別という観点ではいかがですか?

ニューヨークにいた頃、女性やアジア人が抱える問題には大きな関心を持っていました。だけど、今台湾にいると、ニューヨークとは距離もありますし、生活スタイルも違います。もちろんそういった問題については今でも目を向けていますが、当時とは置かれている状況が違うので、向き合い方も変わったのだと思います。

――今作の歌詞にもそういった問題に対する気持ちが反映されているのでしょうか?

女性やアジア人に関する問題に対してはいつも感情的になります。以前は怒れるティーネイジャーといった感じで、その感情を楽曲制作に注ぎ込んでいました。今作ではその感情をより理性的に処理して、1つ1つ整理しながら向き合えたと思います。なので、以前のような表現の仕方に戻ることはないと思います。

9m88はこの秋、海外での人気も高い台湾のシティポップ・バンドSunset Rollercoasterと欧州・北米を巡るツアーを予定している。また、『9m88 Radio』は英詩楽曲が多いことからも、音楽性のみならず、自身のアーティストとしてのキャリア自体のベクトルを世界に向ける決意の固さのようなものを感じる。是非、『9m88 Radio』にチューンインし、インターナショナルなコラボレーションによって生み出された進化系マンドポップを堪能してほしい。

9m88’s
BEATs